スピリチュアル・エネルギー

霊的エネルギー

マーク・マツゥーセック著  雑誌名:オプラ・ウインフリー マガジン
  2003年7月号 エネルギー

 

O Magazine この記事は、オプラ・ウインフリー女史による  " O Magazine "(訳注)2003年7月号に掲載されたマーク・マツゥーセック記者の「スピリチュアル・エネルギー」についての記事からの抜粋です。

スピリチュアル・エネルギー 何かすごく生きいきと感じ、深く惹きつけられ、無私の気持ちになって、そして完全に輝き喜びに満たされて、言葉を失ってしまうような状態に、あなたがおかれたことがあるでしょうか? マーク・マツゥーセックは、世界で最も偉大で無尽蔵なエネルギー源に触れたのです。

 

撮影:クリストファー・バックロー

 83歳のダスカロスこと、“スピロス・サティー”(スティリアノス・アテシュリス博士)は、現代で最も偉大なキリスト教神秘主義者として広く尊敬を集めていました。その彼が他界する数ヶ月前、アメリカで初めてのインタヴューを受け入れてくれました。ただ単純に“ダスカロス”(ギリシャ語で先生の意味)として知られている、力に溢れたキプロス生まれのヒーラーは、かつて注視している記者たちの前で、足の不自由な子供を腕に抱き上げ揺すりながら、数分後にその子を床に立たせ、突然にして足の機能を治してしまい、記者たちの度肝を抜いたという話を聴いたことがありました。

 インタヴューの前の晩、私はニューヨークの花があちらこちらに飾られたステージで長いレッスンを続けるダスカロスを遠くから観察していました。

しかし今、私はカメラマンを連れて、彼のホテルの部屋に入ろうとしていますが、一体どうなるのか考えがまったく浮かびませんでした。

 

 カーディガンを着た196cmもある彼が立ち上がり、私の手を取った瞬間に、私のすべての不安は消え去っていました。このそびえ立つ様な長身の男の、何か輝くばかりの優しさと、心地よい歓迎は、私に安心感を与えてくれました。そして、次の1時間にわたり、私は彼に「その様な力を持っていると、どのように感じるのか・・・」について質問をしました。私はかろうじて彼の返答を理解することができました。

(あなたも神秘主義者にインタヴューすると分かるとおもいますが・・・)

 しかし、お別れを言うために、私が立ち上がろうとした時、私は突然何か強いめまいを感じ、光に包まれているような感じで、自分の体を支えるために椅子に座りこんでしまいました。ダスカロスは、微笑み、私をしっかりと見つめました。すると、予期せぬ質問が私の口から自然に出てしまい、私の人生の苦しい状態について尋ねていました。彼は既に知っていたかのように、私の手首をとり「あなたは、大丈夫ですよ」と言いました。
そのひと言だけです。私の質問の内容には触れようとせず、ただそれだけですが、そのひと言を聴いた瞬間、涙が溢れてきました。それは、あたかもスピロス・サティーが何らかの方法により質問の根底にある、深刻な混乱状態、隠れた切望、そして祝福されたいと願う密かな願望を知っていたかのようでした。ダスカロスはやさしく私の腕を取り、明るく微笑んでくれた時、私も明るい表情で彼に微笑み返しました。その瞬間をカメラマンが偶然に写真に捉えていました。私が大切に保管している、その写真には、私の顔が100ワットの電球のように映っています。

 

 私は、それまで決して信仰心を持つような人間ではありませんでした。

 

 私はミズリーの出身で、こと精神や霊について好奇心はありましたが、懐疑的でした。私の著述家そして探求者としての旅で、ダスカロスや他の少数の並外れた先生たちと、もし出会うことがなければ、まずこのような

霊的なエネルギー」の存在を疑いの目で見ていたことでしょう。

まして、それが奇跡や偶然性のものではなく、私たちの手の届くところにある、天からの贈り物であるなどということを信じるはずもありません。

ハーモニーやシンメトリー、そしてたとえ天分のようなものであっても、不可視の力は神秘的であり、その救いとなる力は遭遇してみないと信じることが困難なものです。しかし、一旦それが起き、私たちの畏敬に値する潜在能力の一端を垣間見ることがあれば、二度とそれを否定できなくなることでしょう。

 

訳注: O Magazine は、人気テレビ番組、オプラ・ウインフリー・ショウなどを制作しているオプラ・ウインフリー女史により出版されている女性向け人気月刊誌。